気まぐれ日記 2018年3月

2018年2月はここ

3月1日(木)「詐欺葉書・・・の風さん」
 早3月。昨夜の雨は上がったけれど、風が強い。裏の土地のガーデンライトのカバーはそのままにしておくことにした。
 昨年のような超多忙でない状態で新年が明け、着々と身辺整理が進むだろうと期待していたのに、それほどでないまま2ヶ月が経過してしまった。退職時点から数えても、もうじき丸4年になる。できれば1年、遅くとも2年でマイペースの第二の人生に入りたかった。
 今日も先ずは雑務(身辺整理を兼ねる)からスタートだ。
 午前中でかなり進んだ。昼食後、日も照ってきたが、下は濡れているだろうから、草刈りに出動することはできない。
 午後3時ころになって、また急激に疲労感に襲われてきた。特に屋外作業をしたわけでもないのに。
 そんな状態のまま夕方になり、日も暮れてきた。すると、再び元気が出てきた。老境に入ったら、昼寝が必須なのだろうか。これじゃフルタイム勤務は無理だな。やれやれ。
 その後、復活したパワーで、確定申告の準備(データ整理)を続け、就寝前にほぼ完了させることができた。
 ところで、今日は、ワイフに詐欺の葉書が届いた。フィッシングメールは日常茶飯事だが、私もかつてもらったことがある、詐欺の葉書が、珍しくワイフに届いたのだ。訴訟を受け付けたという脅しで(下手くそな文章だが)、相談にのりますと電話番号が書いてあった。認知症の人や、近くに相談できる人がいない人、うしろめたい人などが引っかかる恐れがある。
 ワイフはすぐにスマホでチェックしたらしく、ネットに「気を付けましょう」とブログが出ていたそうだ。
 どうせなら(警察など役に立たないので)、脅し葉書の電話番号を公開して、「みんなでワンギリをかけてください」と言えば、その電話は1日で使用不能になるだろう。

3月2日(金)「ワークショップが終了・・・の風さん」
 今日は月曜日と同じ電車で名古屋へ行くスケジュールになっている。
 そこで、家を出るまでに可能な限り雑務を処理しておくことにした。普段なら昼食時までに終える内容である。
 ネットで公開されているTEDのプレゼンテーション(英語)を途中まで聴いたところで、タイムアップになった。
 名駅地下街のドトールで、サンドイッチとコーヒーのランチを摂り、持参の翻訳本を少し読んだ。翻訳の文章って、どうしてこう違和感があるのだろう。原文がそもそもそういったニュアンスだからなのだろうか。
 午後1時からJMAの生産技術者ワークショップの最終発表会だった。個人個人の発表になったのは、今年からで、それぞれ会社の上司の前での発表だったので、やりにくかったのではないか。しかし、発表よりも、この5か月間は、様々な気付きがあって、彼らにとって貴重な経験だったと思う。
 夜は、近くの洋風居酒屋で懇親会になった。花金のはずなのに、最後まであまり客が入って来ず、不景気なのかしら、と思った。たぶん、ビール専門店だったので、季節的に好まれないのだろう。
 9時過ぎに帰宅できたが、酔っ払ってもいたので、早めに風呂に入り、また翻訳本の続きを読んで、さっさと就寝した。

3月3日(土)「とんだトラブル・・・の風さん」
 祝日ではないが、ひな祭りだ。子どもたちが小さいときは、年間行事と連動して色々と何かあったと思うが、ひたすら駆け抜けてきた私は、あまり覚えていない。
 ワイフが、子どもたちが寝る前に読み聞かせていた童話の本を持って来て、そういった説明をすると、しみじみと感慨にふけってしまう。また、そういった童話の本をあらためて読んでみると、実によくできていることに気付く。おとな向けの良い小説を書こうと、やはり会社の仕事と同様に夢中だった私は、当時の児童書を(私には想像もできないジャンルの小説)と決めつけていた。しかし、あらためて読んでみると、その小説としての作りの見事さがちゃんとわかる。きっとこれからも児童書に挑戦し続けることができるだろう。
 週一のリハビリに出かけた。先週と同様にクリニックは大混雑ということはなかった。しかし、リハビリが終わって来週の予約はまた土曜日になってしまった。週の中間に戻さないと、週一というサイクルは守れなくなる。
 改装工事が終わったホームセンターへ寄って、生活必需品をまとめ買いした。週一のリハビリの帰りに寄るのが、これまた週一の習慣になっていたので、半月ぶりの今日の買い物は多かった。
 帰宅してラーメンを食べてすぐ裏の土地に出動した。絶好の草刈り日和だった。最近、手で刈っていたので、電動草刈り機を持ち出すのは久しぶりだ。竹製の熊手を買ってきたので、刈った草を地面がむき出しのところにしっかりのせてやるのが今日の目的だ。
 ところが、草刈り機が何となく不調である。そもそもすぐ始動しなかった。バッテリの脱着を繰り返して、ようやく回転し始めたが、勢いがない。それでもいちおう回転しているので、それで刈れる部分を中心に刈っていったが、やがてきなくさい匂いを感じた。回転をとめて、本体に触れてみると「熱い!」。
 歩く電気屋さんとしては、すぐに作業をやめて、分解調査に取り掛かった。自動車部品のオルタネータを担当していた経験から、屋外で使用する草刈り機のモーターは相当に丈夫にできていると思い込んでいた。
 そういった先入観で見てみると、減速のための歯車や軸受けなど、動く部分に草などがからみついてはいたが、動きを阻害しているようには見えなかった(手で回すと回る)。しかし、モーターはひどく発熱していて、さわれないほどだった。
 清掃し、組立て、再び動かそうとしたら、もううんともすんともいわなかった。頭で考えると、物理的な過負荷で回転はスムーズでなかった。ショートか過電流でモーターが抵抗発熱した。そんなようなことがあり、分解前は焼損寸前だったが、現在はもう焼損したのと同様で、電気的に導通すらしていない。こむずかしいことを言わなくても、明らかに壊れたのだ。モーターまで分解して真因を探って自分で修理することではないと思った。
 幸い、昨年の4月4日にAmazonで購入したメーカー品で、メーカー保証書(期間は1年)もあった。
 対応方法を調べるのはちょっと大変だったが、チャットでできるAmazonの相談窓口を見つけた。
 購入履歴を元にすぐに相談は終了した。壊れた草刈り機は着払いで返送。交換品(新品)の発送手続きはすぐしてくれた。その新品が月曜日に届くので、その梱包材を利用して、返送することにした。
 保証期間内だったので、命拾いしたのだ(おおげさな(笑))。新品が届いたら、今度はもっと大事に使わなくては。きっと自動車のオルタネータほど頑丈にはできていないのだ。
 とんだトラブルがあったために、今日は雑務と読書だけで終わりにした。

3月4日(日)「トラブルがなくても・・・の風さん」
 このところ就寝がやや早いせいか、目が覚める時刻もやや早い。そうは言っても現役の人たちよりは1時間以上遅いと思うので、あえて具体的な時刻はここには書かない(金曜日に会った同年齢の現役の方は、毎朝5時15分に起き、7時に出社しているという。こういう方は仕事も効率的で、高いレベルの成果が出ているものだ)。
 午前中に雑務処理をせっせとやり、途中で風呂洗いもした。風呂洗いと書いても、バスタブだけを洗っているのではなく、ユニットバスなので、天井以外すべて洗っていると言ってよい。そんな作業も、暖かくなってきたので、てきぱきとできるようになってきた。
 昼食後、家の周囲半分に除草剤を散布した。昨年もやってみて、効果があることは分かったが、すぐに超多忙になってしまい、その後は徹底できなかった。今年は、家の周囲に設置してあるスチール製の物置2個(錆びてボロボロになってきている)を撤去する予定なので、作業空間を確保する意味もある。
 その後、またいつものように疲労感に襲われて、雑務処理が停滞した。英語の勉強などしてごまかした。
 そして、またいつものように夕方から元気が戻り、確定申告の準備の続きをした。毎年やっていることだが、今年は遅々として進まない。他にやることがたくさんあるからだろう。
 晩ご飯のときにアルコールが出るかどうかはワイフ次第である。私から提案や要求は一切しない。
 今夜はワインが出た。辛口の白で、ワイフが友達からもらったチリ産のものだった。二人でボトル半分を飲んだので、食後はもう仕事にならなかった。
 今日は天気が好かったせいか、屋内の通常の加湿では花粉対策として不十分で、ややつらかった。

3月5日(月)「ボケのカウント・・・の風さん」
 起床して寝室を出たら、書斎の電気がつけっぱなしだったのに気が付いた。1ボケ。
 今日の降水確率は90%。全国を見渡すと局地的に天候の荒れることもありそう。当地はどうだろうか。
 朝から雨がぽつぽつ降っていたが、午後からひどくなりそうだったので、午前中に出かけておこうと思った。
 外へ出てすぐ、裏の土地のガーデンライトに雨除けカバーをしていなかったことに気付いて、すぐカバーした。2ボケ。
 用事は2箇所。先ず、ドラッグストアへ。昨夜、全品5%割引クーポンが届いていることに気付いたので、行くことにしたのだ。店内で、必要なものをかごに入れ、レジへ並ぶ前にiPhoneにクーポンを出そうとしたら……ない! 不思議だったが、とにかく見つからない。諦めてレジに並ぶと、店員から「クーポンはお持ちですか?」と親切な質問。「実は……」と説明したのだが、店員も(不思議ですねえ)といった顔をするばかり。3ボケを自覚。
 2つ目の用事は銀行のATMで現金をおろすこと。苦労して駐車し、やっとATMのブースに入ったら、おろす予定の通帳でないJAの通帳を持ってきたことに気付いた。4ボケ。
 帰宅してワイフにボケの話を打ち明けると、「そういうこともあるさ」と軽く受け流された……が、ワイフのiPhoneにはドラッグストアの全品5%割引クーポンが届いていたので、昨夜見たのはまぼろしではなかったことを知った。
 夕方になって、某年金事務所へ電話するのを忘れていたことを思い出した。まだ受付時間だったので、電話して、目的を達成した。ボケのカウントはやめておこう。
 夜になって、電動草刈り機の新品が届いた。いつもと違う配送業者だった。梱包を解いて、故障品と入れ替える作業をしたが、とんでもないことに気付いた。箱の横にかぎ裂きのような穴があいていた。幸い内部は無事だった。箱をひっくり返すと、段ボールの底部のガムテープがいい加減で、口が開いていた。幸い内容物は落下していなかった。さらに、梱包を解くと、臭い! 汚物の匂いがする。よほど不潔な配送ルートで届いたのに違いない。クロネコが値上げしたので、配送業者を替えたのだろうか。ネットで評判の悪かった配送業者である。
 それでも、故障品を完璧に梱包した。明日、回収日程を電話で相談することになる。
 夜は、いよいよ確定申告の書類作成に着手。初めての青色申告でとまどうことが多い。貸借対照表の作成は必須のようだ。幸い、ボケは4で止まっている。

3月6日(火)「芸術鑑賞ついでは・・・の風さん」
 確定申告のために医療費の計算をしてみた。2年連続して生命保険からの補償があったが、通院ばかりだった昨年はそれがなかった。領収書の山である。医療費控除は確実だった。
 来月熊本へ行くことになったので、航空券の確保をした。早割で購入できた。熊本は初めてである。
 ワイフと恒例の三河陶芸展見学に出かけた。途中、某美術館のレストランでランチした。遅いランチだった。
 引き篭もりに近い私は、せっかくの外出なので、銀行のATMに寄りたかったし、郵便物の投函そして、プリンターのインクカートリッジの購入もしたかった。しかし、陶芸展に到着したあたりから、だんだん残り時間が少なくなってきたのを感じていた。
 陶芸展では、元会社の同僚が出典している作品を元に解説してくれるので、毎回、大きな刺激を受ける。モノづくりの奥深さで、あらゆる芸術に通じる。だから、自分の作品にどう生かそうかと、考えてしまうのだが、簡単に応用できないところが芸術たるゆえんだろう。
 展示会の裏舞台というか楽屋というか、準備室のようなところも見せてもらった。こういった現実を見るのも重要だ。
 やはり時間がなくなってしまったので、行きつけの大型家電量販店へ直行することにした。ところが、なんと棚卸のため臨時休業していた。今日は、iPhoneに間違いなく割引クーポンが出ているのに、使えない。いや、それよりも、インクカートリッジは必要なのだ。4本が残量少で、そのうち3本はストックがなかった。最近、プリンターがエラーになるたびに電源オフするので、捨て打ちのために著しく消費している。
 結局、行きつけの店とはライバル関係にある大型家電量販店で、インクカートリッジを3本購入して帰った。割引クーポンが使えなかっただけでなく、ポイントもつかなかった。
 郵便物の投函はできたが、銀行のATMには寄れなかった。
 夕食後、確定申告の資料作成も大詰めになってきた。

3月7日(水)「確定申告が大詰め・・・の風さん」
 確定申告の資料作成は、コンピュータソフト開発のイテレーションと似ている。Web上で作成していくのだが、データを入力するたびに、自動計算されて、途中とは言え、所得や税金の金額が表示される。データ入力の精度が増すにしたがい、所得と税額の精度も増すのである。
 昨夜、超大ざっぱに入力してみたら、100万円ぐらいの還付金が計算され、驚きと喜びで興奮した(笑)。
 今日は朝から真剣にデータを入れていった。昨夜入力したある経費の金額が大きすぎたので、合理的に減額した。
 正午ごろ、Amazonに返品する商品の回収に配送業者が来た。その業者が配送してきたときよりしっかり梱包した商品を渡した。どうも気に入らない。
 昼食後も夢中で確定申告の資料作成だ。何が何でも今日中に仕上げて、明日、税務署に直接持って行こうと思った。
 夕方までに、かなり精度が増したので、秋田にいる税理士の同級生のアドバイスを実行してみることにした。昨年の所得は間違いなく普通ではないので、ここ3年間の平均所得から平均税率を計算する方法だった。毎年確定申告をしているので、前年、前々年の所得は数値データがある。
 夕食前に某業者から領収書が届いたので、その金額も正しく修正した。
 夕食は、きりたんぽだった。昨年は2回秋田へ行ったので、買ってきたきりたんぽがまだ残っていた。
 添付資料の貼り付けがまた大変だった。生命保険の控除証明を貼りながら、記入漏れが見つかった。また税額が(正確に言うなら還付額が)変化した。
 封をせずにすべて資料をそろえ終わったのは、午前2時ころだった。

3月8日(木)「確定申告が終了・・・の風さん」
 天気予報通りに雨になった。朝刊によれば3日連続雨の予報だが、変化があった場合の対応は、どうしても新聞は遅くなる。テレビを観ないので、ネットが早い。速過ぎる。
 昨夜まとめた確定申告資料をざっと眺めてから封印し、それを持って雨の中キャメロンで出かけた。初めて税務署に直接届けるのである。
 管轄の税務署がある地域は、定年退職以来、何度も通った場所である。ハローワークがあるし、年金事務所もある。深刻に考えたわけではないが、いやでも第二の人生が始まったことを感じる地域だろう。しかし、あれから4年が経過したというのに、身辺整理はまだ終わらない。今年こそ。
 もしかして税務署は大混雑かと思ったが、実際はあっけなく終わってしまった。
 駐車場はクルマの出入りが頻繁で、入り口に近いところにすぐ駐車できた。なので、傘もささずに玄関が入ると、確定申告の受け付け場所がバッチリできていて、係の人がすぐ声をかけてきた。「提出するだけ」と答えたら、ポストのような投入箱があって、そこに入れておしまい。初めての税務署への提出を楽しんでいるヒマもなかった。
 しかし、何日も続いた書類作成がこれで終了したと思うと、ホッとした。
 帰りに、GSで今冬最後になるかもしれない灯油を購入し、さらにJPへ寄って送金、銀行ATMによって現金を引き出した。数日来、気にしていたこともすべて終えた。
 帰宅し、昼食後、既に始まっていたツムツムのイベントを開始した(笑)。
 残務整理がたくさん残っていたが、一気に疲労も出て、今日はだらだらと過ごした。とは言え、かつて税務署から電話がかかってきたことがあった。郵送した確定申告の書類の数字に間違いがあって、その指摘と修正確認だった。ちゃんとチェックされるので、まだ安心はできないのだが。

3月9日(金)「身辺整理を重点に・・・の風さん」
 天気予報が変わって、雨でなく曇りそして強風。庭の梅は満開はとうに過ぎ、花びらがたくさん散っている。季節の移ろいは早い。こうなったら、今日は身辺整理を一気に進めようと、気合を入れて始めた。
 あまり頭を使わないことは、無念無想で作業を続ける。これは仕事のできる部下の一人の姿勢から学んだことだ。
 ルーチンの雑務以外では、確定申告の資料を一式手提げ袋に収納、今後のための資料収納ファイルを2冊作成、たまった名刺をデータ化、 hairdye 、薬のネット発注、カード会社への問い合わせ電話などを、夕方までに終えた。
 気分的にかなり楽になったので、来週予定している2つの講演の早い方、準備が途中だったので再開した。
 しかし、夕食後は、読書を少しした程度で、早めに就寝した。明日は週一のリハビリである。
 午前零時を過ぎても外は風が強い。

3月10日(土)「リハビリと屋外作業・・・の風さん」
 今週もリハビリが土曜日だった。天気が好いせいか、クリニックは混んでいなかった。
 近くのホームセンターへ行き、必需品をまとめ買いした。ただし、たいした金額ではない。
 そこからGSへ向かった。今日はアクアの給油予定日なので、ワイフのアクアで移動している。好天の週末なので、観光地の道路は混んでいる。セルフで給油後、自動洗車した。セーム皮で拭き上げ、車内もきれいに拭いた。
 昼食後、屋外作業に出動した。
 灯油を屋外タンクに給油した。これはすぐに完了。続いて、ホームセンターで買った熊手と箒の柄に、ドリルで穴を明け、ワイヤーを通した。裏の土地にある物置にマグネット式のフックを取り付け、熊手と箒をぶら下げた。防草シートを止めるスティックが2本紛失していたので、刺した。
 例によって、体力不足のため、晩ご飯までほとんど休養(笑)。
 昨日に続いて、来週の講演スライドの作成の続きをやったが、また凝り性の悪い癖が出て、スライドが増え続けた。気付いてストップ。明日、頭の中をクリアして最初からやり直すことにした。

3月11日(日)「今日は絶好調?・・・の風さん」
 空は快晴で、風も弱まってきたので、午前中は体を動かすことにした。
 先ず、週一の風呂洗い。週末(土日)なら忘れないと思うので、今週は日曜日だ。だいぶ手馴れてきた感じ。
 続けて、裏の土地へ出動。交換品の電動草刈り機の調子を見るのが主な目的だ。
 音が静かな印象。そうか。壊れた草刈り機はそれなりに異常を「音」で示していたのか。今度のマシンはもっと大事にしなくちゃ。予備バッテリに交換したころから切れ味が悪くなった。ナイロンコードが出てこない。外してみたら、土がいっぱい詰まっていた。そうか。この部分は適宜クリーニングが必要なんだな。
 最後に熊手と箒を使って周辺を清掃して終了。
 高速ランチ後は、講演スライドの作成の続き……だが、頭をクリアして(途中まで作成したものは置いておいて)再アタック。今度はスムーズに作業が進んだ。
 夕方までに、第一の講演のスライドがほぼ完成したので、第二の講演スライドの作成に着手。
 こちらも晩ご飯までに、動画ファイルの準備を除いてほぼ完了した。
 順調に進んだ仕事がズッコケたのは、午後11時過ぎだった。
 さっさと入浴して明日に備えよう、今日のペースを維持しようと思ったのに、風呂が沸いた頃合いを見て階下へ降りたら、給湯器が異常停止していた。
 風呂洗いをしたので、ユニットバスを再組立して給湯を開始したのだが、排水口の栓の締め方がゆるくて、漏れていたのだ。給湯器をONにしたときは「お風呂の栓が閉まっていることを確認してください」と音声メッセージが出るので、いちおう確認したのだが、チェックも甘かったということだ。確かに、栓を押してみると少し沈んだ。
 それにしても賢い給湯器だ、と技術屋としてはひどく感心した。
 再び給湯して風呂に入れるまで……と思い、GAYO!の映画をチェックしたら「ローン・サバイバー」というのが面白そうなので観ることにした。今、早川書房の翻訳小説で『11日間』というのを読んでいる。その登場人物と同じアメリカ海軍のシールズ部隊が主人公だった。冒頭の映像から、小説で読んだから分かるシーンが出て来て、ドキッとした。
 2時間の映画を(入浴するため)半分の1時間で中断したのだが、リアリティがすごい。

3月12日(月)「シールズ隊員の映画と小説・・・の風さん」
 昨夜のユニットバス給湯トラブルのために就寝が遅くなり、今朝はいつもより1時間ほど寝坊。
 朝食後、昨夜途中まで観た「ローン・サバイバー」の続きを鑑賞。どうして一人だけ助かったのか、最後の方でわかったが、事実に基づく作品なので、著しいドラマチックな話ではない。しかし、命の危険を感じている主人公の迫真の演技が素晴らしかった。そして、最後に、モデルになった本人と助けた人物が、その後も交流を続けていることを知って、事実は小説よりも奇なりというか、いやそれ以上に人生とはかけがえのない経験の場だと思った。
 これは夜の話になるが、夕食後、『11日間』を読了した。現地(最後の場面)が、「ローン・サバイバー」と同じ統合本部だったので、偶然の一致というより、『11日間』の作者も「ローン・サバイバー」の影響を受けていると感じた。小説の方が映画よりも後の作品なので。
 ちなみに、「ローン・サバイバー」の元になった生還したシールズ隊員の手記の翻訳がある。思わず、ネットで注文しようとした。しかし、やめた。映画のDVDの方が、小説家には役立つような気がしたからだ。
 昼食後、今日も屋外作業を少しした。たるんでいた防草シートを引っ張り上げ、除草剤を散布した。
 作業をしている時に、ヤクルトレディがクルマで通りかかり、だいたい2週間に1回購入しているカロリー控えめのヤクルトを購入した。現在は花粉症対策であらゆることを導入している。乳酸菌の利用もその一環と言える。
 東北大学の大先輩が一人、新潟にお住まいである。近所に存在を認識した算額に感動されて、数年かけて企画展を開催することになったという手紙が届いた。チラシが入っていたので、本人に電話で了解をとり、フェースブックで紹介した。
 差し迫った懸案事項はたくさんあるが、粛々とやるしかない。これは亡き恩師大野先生の姿勢から学んだことだ。
 今日は、熊本大学へ送らねばならない資料を一気に準備し、追加の資料もだいたい作成した。これは明朝、再チェックしてから郵送することになる。

3月13日(火)「多彩な作業・・・の風さん」
 昨夜用意した資料を再チェックした後、手紙を書いた。さらに同封する資料も用意し、レターパックに入るか調べた。たぶん大丈夫と思ったので、郵便局へ向かった。受け付けでもOKとなった。封印して手渡した。けっこう重い仕事が正味1日で完了したので、ホッとした。
 次は、土曜日の講演の準備だ。レジュメではなく、講演スライドの抜粋も送らねばならない。
 先ず、埋め込む動画を元の動画データから切り出して、MacBookAirで再生できるようにmp4の形式に変換した。データの準備が完了したので、USBメモリに入れて、MacBookAirに移動させ、そこでの編集作業をおこなう。すべての作業がスムーズに進んだ。これまで多くの講演を苦労して準備してきたので、かなり作業に慣れが生じ、効率的になってきた。
 今日も快晴で、気温も上がっている。屋外作業には絶好だ。気になっていた修繕に取り組むことにした。屋外に設置してある防水コンセントが1箇所壊れている。カバーが壁面から外れて、配線が露出している。つまり、防水どころか、暴露である。雨が強く降れば、当然内部に侵入する。問題だった。部品は購入して準備してあった。
 ワイフの協力も得て、念のためブレーカーを部分的に切った。
 壊れたコンセントをそっくり外した。内部にはゴミはもちろん虫の死骸まで入っていた。マイナスドライバーをストッパに差し込むと、裸線が抜けるので、それを再利用できる。つまり皮むき作業は不要となる。新品にそれを挿入し、ネジで壁面に固定した。用意した新品はアース付きのものだが、元々設置してあったものは、アース無しだった。しかしこれは欠陥工事と言わざるを得ない。防水コンセントが設置してある場所は、屋外水栓のすぐ近くで、新築当時洗濯機を置いてあった場所だから、アースは必要だったのだ。
 気になっていた修繕ができて、歩く電気屋さんとしては大いに満足した。
 次は、講演スライドの抜粋送付だ。送付用スライドの選定をし、4in1のPDFデータにし、事務局へ送った。
 晩ご飯の後は、またまた気になっていた作業だ。和算書の修繕である。講演の時に自前の和算書(江戸時代の本物)を持参して、聴講者に触ってもらうことを続けてきたが、その中の1冊の和綴じの糸が切れて、バラバラになりかけていた。
 ワイフに適当な糸(やや太めのより糸がほしかったので刺繍糸)と針を用意してもらい、ネットで検索した四つ目綴じという方法を使ってやり直した。ネットのマニュアル以上に良い仕上がりで完成した。
 ついでに、ツムツムの3月のイベントも、今日、目標を達成した。

3月14日(水)「上京前日のバタバタ・・・の風さん」
 あ、今日は円周率の日だ。3.14。3.11は悲しいが3.14は楽しいな。
 風もなく快晴.気温も4月並みに上昇することが予想されている。しかし、いよいよ追い詰められて来た私は、留守番をしながら、たまっている仕事を片付けて行かねばならない。
 7時半の電車で出かけるワイフを駅まで送った後、朝食を摂り、早速仕事に取りかかった。
 土曜日の早朝の講演の準備がまだ残っていたので、それが先。販売用の本にサインをしたり、記念のハガキを追加印刷したり、荷物一式を箱に詰めたりした。キャメロンで行くので、荷物は多少多くても大丈夫。
 一段落し、これでもう明日の準備に集中できる、と思った。
 次も土曜日の準備と似ているが、やはり販売用の本にサインをし(売れる可能性はきわめて低いが)、MacBookAirで動画を再生させて、ブルーツース接続のスピーカーとの音合わせをした。これも一段落した。
 さらに1泊して、金曜日も用事があるので、先ず、午前中の打ち合わせの準備をした。たくさんコピーをとった。
 高速ランチをはさんで、旅行の準備もした。新幹線で東京1泊旅行だ。荷物がなるべく増えないように工夫するのだが、いつものように増えてしまう(笑)。小さなキャリーケースと紙のバッグそしてショルダーだ。PCと本が入っている紙のバッグが重い。本が売れないと、また落ち込みつつ重い荷物と足を運ぶことになるのだが、懲りない性分だから仕方ない。
 仕事がら明日も明後日もスーツで行動する。気温が高いという予報なので、もう冬着ではなく合い着にする。それでも暑いかもしれない。もちろんその上に羽織るのは、もうコートではなくジャンパー程度だ。
 晩ご飯の後、ちょっと先になるが、5月の講演タイトルを決めて主催者へメールした。少し迷っていたので、連絡が遅れてしまった。
 また、秋の講演日程の調整メールが昨日あって回答したが、まだその返事は来ない。
 今日は1日引きこもり状態で頑張ったが、金曜日の午後の予定の準備まで手が回らなかった。打ち合わせで解決するしかないかも。

3月15日(木)「頑張り過ぎの講演・・・の風さん」
 ワイフに駅まで送ってもらい、電車で出発。やはり荷物は多いな。
 名駅のコンビニで昼食用におにぎりを購入して乗車。
 新幹線車内では、今日の講演スライドの下読み(リハーサル)をした。続けて、気まぐれ日記の下書き。
 地下鉄の竹橋駅近くの会場に着くと、ビルの外の桜が早くも開花していた。桜が咲いている頃に福島県に取材に行こうと思っているのだが、今年は開花時期が早まりそうで、他のスケジュールとの兼ね合いから、タイミングが難しそうだ。
 予定より早く会場に入った。スタッフが何人も会場のセットに汗を流している。私は慣れているつもりで、てきぱきとPCなどを接続していったが、会場に設置してあるスピーカーとの接続がうまくできず、音が出なかった。別のスタッフが飛んで来て、問題は解決した。持参のブルーツーススピーカーは使わないことにした。
 今日の講演は、経営者クラスに対して、日本の文化の一つとして和算を紹介することだった。講演時間が90分で、質疑応答にさらに30分用意してあり、時間的には十分だと思った。しかし、やはりスライド枚数はやや多かったようだ。早口でないと全部説明するのは困難だった。何度も同じ失敗をしてしまう。情けない。聴講者にも申し訳なかった。
 それでも、聴講者のレベルが高くて、私の話は熱心に聴いてもらえた。講演後の本の販売も皆無ということはなかった。
 講演から質疑応答、本の販売まで、2時間以上立ちっぱなしだったので、かなり疲れた。
 事務局がタクシーを手配してくれたのは、予想外のもてなしだったが、それでずいぶんと助かった。
 午後7時に慶応大学の日吉キャンパスへ行った。会社員時代からお付き合いのある先生と一杯飲むのが目的だった。
 1階にあるパブ風の店で2時間以上、様々な話をした。最後は酔っ払ってしまい、私の会話は支離滅裂だったろう。
 横浜の定宿にチェックインしたが、ベッドの上でダウンした。

3月16日(金)「充実した打ち合わせ・・・の風さん」
 天気予報では西から雨雲が流れて来て、運が良ければ、今朝までに通過してしまう可能性もあった。
 しかし、目が覚めたら、外はまだ小雨が降っていた。
 ここは、朝食付きでも割安料金なので、気に入っている横浜の定宿である。しかし、午前の打ち合わせ場所までは、約1時間かかるので、ベストとは言えないか・・・(^_^;)。
 電車に乗っていないときは、小雨の中を歩くことになった。傘は持っていたが、なしでも気にならない程度の降り方である。
 午前の出版社との打ち合わせは、実に久しぶりである。話したいことがたくさんたまっていた。
 1時間ではとても話しきれず(先方からも色々な話があって)、ランチしながらさらに話が続いた。
 あまりにも楽しくて、だんだん仕事から外れて行ったので、そろそろ潮時と思い、打ち合わせを切り上げた。
 午後は、東京駅近くで、別の出版社との打ち合わせだった。何を書くべきか悩んでいたやつで、出版社の希望を確認したかった。一方、出版社も明確なイメージがあるわけではない。しかし、何らかの問題認識があって、価値ある本が作れないか、悩んではいるのだ。ここで情報のキャッチボールをすると、次第に、課題の共有化を通じて、作品のイメージができていくことがある。
 今日も見事にそうなった。
 私の場合、イメージがただ具体的になれば(プロットができれば)良いのではなく、たどり着いた書くべき価値を強く意識することで、モチベーションが高まるのが重要なのである。今日は、そのモチベーションまで到達した。打ち合わせをした甲斐があった。
 午前も午後も目的を達して、帰りの新幹線に乗った。
 帰宅し、義妹が差し入れてくれたおはぎや大福が晩ご飯になった。
 出かけている間に当地もかなり雨が降ったらしいが、家の中は花粉が激しく舞っていた。
 マスクをしないと安らかに眠れないほどだった。

3月17日(土)「寒い夜・・・の風さん」
 午前5時起床。朝食も摂らずにキャメロンで出発。
 5年連続になるが、名古屋で開催されている某勉強会での講演だった。スタートは7時なので、早起きし、有料道路を突っ走って行かねばならない。
 5回目ですっかり慣れていたし、準備もバッチリ(のつもり)だったが、東京の講演以上にスライドが多過ぎた。サービス精神が旺盛過ぎるのも、本当に考え物だ。しかし、常連に対する講演だったので、内容は見事にニーズにヒットしたと思う。持参した本も完売した。
 講演後は、恒例の朝食会だ。会場がホテルなので、朝食バイキングを全員で食べながら歓談するのだ。
 今日の朝食は和食で統一した。
 いったん帰宅して電車で出直す時間的余裕はなかった。
 よく利用する中間ポイントまで、やはり有料道路を突っ走って行き、キャメロンを駐車した。
 そこから名鉄電車に乗って名古屋まで行き、昼食用のパンを買って、新幹線に乗車した。
 さすがに睡眠不足と疲労で、行きの車中で仕事はほとんどできなかった。
 東京駅から地下鉄丸ノ内線で茗荷谷駅を目指した。今日は、お茶の水女子大学の真島先生の最終講義があるのだ。
 先生がインフルエンザになったため、1か月延期されて、今日になっていた。
 お茶の水女子大学は、建部賢弘生誕350年の講演と国際数学者会議のサテライト開催 Takebe Conference でショートプレゼンテーションをするために来たことがあるので、地下鉄の駅から歩ぎながら懐かしさを感じた。
 また、途中に茗渓会館がある。父が茗渓会の会員で、死んだとき、私は父の写真とともに訃報を伝えたので、合同慰霊祭をやってもらえた。その会場がこの会館の中にあったのではないかと想像している。生前の父は、この会館へ来たことはあったのだろうか。茗渓会は、明治15年に設立された東京師範学校卒業生によって設立された同窓会である。学校はその後変化と統合を繰り返し、今では筑波大学の卒業生が多いのではないか。父は、東京帝国大学農学部付属農業教員養成所に入学したことで、ここの同窓生になっていた。
 最終講義の教室には、私が一番乗りだった。
 今日の受講者には、真島先生の指導を受けた卒業生が圧倒的に多く、会場の9割以上は女性だった。
 私は2004年の文京区との共催「和算の贈り物」での講演以来、真島先生とのお付き合いが続いているが、先生自身も、それが和算との出会いだった。今日は、約2時間の講義で、先生の数学者人生の概要を初めて知ることができた。
 祝賀パーティにも出席し、先生と親しく話ができ、集合写真にもおさまったので、目的を達した。
 茗荷谷駅までの帰り道、やけに冷え込んでいるのを感じた。
 東京駅に着くと、人身事故の影響で、山手線と京浜東北線がストップしていた。巻き込まれていたら、予定の新幹線は変更するか、悪くすると、東京泊になるところだった。
 名古屋に着いたら、こちらも人身事故で名鉄のダイヤが乱れていた(実はJRも東海道線が止まっていた)。
 1時間も遅れた電車を乗り継いで、キャメロンを駐車した駅までたどり着き、帰宅したのは午前1時過ぎだった。
 名古屋も寒く、7年前の3.11を過ごした秋葉原駅を思い出し、鳥肌が立つ想いだった。

3月18日(日)「春を感じる墓参・・・の風さん」
 10時半起床。春らしい穏やかな陽気の外を眺め、また、ちょっとした山を乗り越えた気分。
 用事があって昨日茨城県から帰省している次女もまだ寝ている。私の遺伝か、疲労すると死んだようになって昼過ぎまで寝ている。
 久しぶりにトーストとミルクで朝食にしようとしたら、ワイフが昨夜の残りを出して来た。重たい朝食になってしまった。
 昨夜は帰宅が遅かったので、まだ片付けができていなかった。のんびりと開始。
 ところが、のんびり気分はしだいに消えて行った。花粉がひどいのだ。私がいない間、加湿器を使用していなかったので、充満している感じ。元に戻すのにかなりかかりそう。
 書斎に飾る大野先生の遺影の額縁に、ワイフに着色してもらった。白木でちょっと重厚さが欠けていたのだ。
 それから月例の墓参にワイフと出かけた(次女はまだ起きて来ない)。いつもより早い時間帯だったのと、そろそろお彼岸ということで、他にも墓参の人がいた。もう水の冷たさを感じない。桜もちらほら咲いている。
 帰宅してティータイム(次女の部屋は静か)。その後、風呂洗い。
 遅い晩御飯になって、やっと次女も起きてきた。
 メールチェックしたら、大学時代の恩師の訃報が届いていた。昨日も、お茶の水女子大学で、自分の恩師の思い出として語ったばかりだった。研究の進め方を具体的にご指導いただいたが、普段の言動から、人としての態度の多くを学ばせていただいた。心に残る先生だった。葬儀は遠いので、弔電を出しますと返信した。
 疲れがたまっているので、今日はもう店じまいにした。

3月19日(月)「秋のような1日・・・の風さん」
 帰省している次女のために、名古屋造形大学へ向かった。次女が大学に置いてある作品や画材の回収が目的である。版画制作室が近々整理されるらしい。
 小雨がぱらつく中、知多半島道路、名古屋高速を経由して小牧まで走った。まるで秋のようなたたずまいだ。
 春休み中の大学は人影もまばらだった。わざわざ次女の後輩が二人、手伝いに来てくれていた。父親が現れて驚いている様子につい微笑んでしまう。世代が違う私は、おそらく彼らにとって宇宙人に等しいだろう。
 版画制作室をゆっくり見学した。雑然とした部屋で、版画プレス機が3台くらいあった。真空プレス機もあったな。エッチングもやるらしい。枠にはまったスクリーンが何枚もたてかけてあった。
 部屋の中はとても寒かったので、私はアクアで待機することにした。
 荷物の運搬は次女たちがやった。
 元来た道を、とりとめのない話をしながら、ひたすら走った。
 帰宅して、次女の荷物をとりあえず裏の土地の物置にしまい、ワイフが用意してあったおにぎりを食べた。
 茨城へ帰る次女は、ワイフが駅まで送って行った。
 例によって疲労と花粉症の私は、ぐったりしてしまい、3時間の昼寝をした。
 夕食後、土曜日に95歳で亡くなった母校の恩師のために、ネットから弔電を送る手配をした。近ければ、当然通夜か葬儀に参列するので、弔電の台紙は奮発した。
 外では雨がしっかり降っている。

3月20日(火)「メーラーのトラブル・・・の風さん」
 朝刊によると、今日も明日も雨である。
 ワイフを駅まで送ってから、さあ、今日から腰をすえて作家業をするぞ、と書斎に入って、いきなりトラブルに見舞われた。
 Webメールを使っているのだが、ソフトが午前零時にリニューアルされた。慣れていないせいもあるが、反応が遅い。クリックすればするほど、おかしくなって、何が異常なのか分からなくなる。
 そうして、ついに判明したことは、メールの送信ができないことだった。これは反応が遅いのではなく、システムエラーが発生したので送信できなかった、とメッセージがすぐ出るから、送信できないことは間違いない。
 その間に、私はずっとPCの前にいたわけではない。
 先週は行けなかったリハビリに出かけた。帰りに、JAのATMとJPに寄って雑務も処理した。
 昼食はいつもの高速ランチ(卵かけご飯とキムチ)だった。
 午後になり、すっかり疲れてしまい、昼寝したいくらいだったが、そして、寒くて震えてもいたのだが、あれこれと原因究明をしつつ、途中で雑務も少しした。こんなことで1日が終わってしまったらどうする、という思いもあったからだ。
 夕方になって、プロバイダーにシステム障害が起きていないかも確認した。それはなかった。
 私の使用している他のメールシステムに異常はなかった。
 この問題は、WindowsPCでもMacBookAirでも起きていた。つまりIEでもsafariでも起きているのだ。
 夕食後、とりあえず今日の結論として、保存メールが多過ぎるのではないか、ということにした。先ずは、メールの削除をしてみることに。しかし、動作が遅いのがネックで、気の遠くなる作業である。
 雨はますます強くなっているようだ。

3月21日(水)「メール送信できず・・・の風さん」
 春分の日でシャバは休みらしい……といったことを書いていたのは会社員時代。今は作家時代と堂々と書きたいのだが、昔から「何をやっても自信がないキャラ」なので、なかなか作家時代とは書けない。
 とは言え、会社員を卒業して丸4人になるのに、まだ祝日の感覚がない。
 昨日に続いて今日も小雨模様。
 例によって、ワイフは外出していて、私は留守番。
 相変わらずメール送信ができない。メール容量が5GBなので、オーバーしているかもしれないと思い、受信メールをどんどん削除していった。この作業も素早くできない。随分と時間をかけて、受信ボックスがほぼ半分になった頃から、反応が早くなった。やはり保存量の多さが原因かもしれないと、ますます削除作業に注力した。
 夕方、雨が上がったので、裏の土地に出動した。草刈りではない。土筆(つくし)摘みである。雑草が伸びる前に、土筆が伸びだした。ワイフが欲しがっているし、私も土筆の卵とじを食べてみたくなったので、出動したのだ。
 あっという間にざる一杯の収穫。
 Webメールの方は、受信ボックスは空にできた。あと、保存ボックスに大量に残っている。これをある程度仕分けして、様子を見ることにした。
 書かねばならないエッセイ原稿があるのだが、メールトラブルもあって、イマイチ気合が入らない。
 メール以外の雑務処理もある。ワイフに相談して義妹へ送るスウィーツを選んでネットから注文した。留守中の猫に餌を自動で与える機械も発注した。これはIoT時代を反映して、iPhoneで遠隔操作とモニターができるやつである。
 Webメールの方はかなり整理できた。相変わらずメール送信はできないが、システム(クラウド)側で圧縮とか何か処理が必要かもしれず、改善されるかは明日のお楽しみにしておいた。

3月22日(木)「同窓会だより原稿が完成・・・の風さん」
 昨夜はやや就寝が遅く午前2時半だった。当然、寝坊した(笑)。
 朝食後、ふとフェースブックを開くと、小学校の同級生がスキーをしている動画が目に飛び込んできた。実に美しいフォーム(まったく頭がぶれていない)で、指導用ビデオみたいだった。さらに驚いたのは、ゲレンデが彼の貸切状態だったことだ。北国とは言え、もうシーズンは去ったということか。
 メール送信は、相変わらずできない。諦めて、雑務処理をし、同窓会だよりの原稿執筆を目標にする。
 午前中はまだ雨が少し残っていたが、だんだん晴れてきた。しかし、同時に風も強い。雑務処理の中に屋外作業は含まない。
 PCを使わない雑務処理は着々と進んだが、やはり送信できていないメールが気になってきた。
 実は、自分でも忘れていたのだが、メールの自動転送設定がされていた。gmailである。驚くことに、ほとんどのメールがgmailに残っていた。メール容量も15GBと大きいのだ。とりあえず、送信が必要なメールはgmailを使うことにした。
 gmailを使いながら、こっちの方が使いやすいことにだんだん気付いた。これまでのメールシステムより使いにくいが、リニューアルされたものよりマシである。あっちが復活しなかったら、全面的に乗り換えようと思い始めた。ただ、アドレス帳が空っぽだったので、充実させるのに、けっこう時間がかかりそうだ。
 案の定、同窓会だよりの原稿の催促メールが来た。
 gamilで送信できるので、ふてくされは中止して、真剣に取り組むことにした。
 遅い晩ご飯の後、テレビで現代の名医のドキュメンタリーを観た。カテーテルを使った血管手術の名医とドライアイで有名になった名医である。感動以外のなにものでもない。やはり世の中にはすごい人がたくさんいるのだ。
 勇気をもらって書斎へ行き、原稿の続きに取り組んだ。
 写真データも含めて、すべて送信し、入浴も終えて就寝したのは午前3時だった。
 これが私のスタイルか。全然進歩しないなあ。

3月23日(金)「自動給餌機のセットアップ・・・の風さん」
 しっかり寝坊。お天道様はもう高く、空は快晴。しかし、風がやや強い。花粉症には気をつけねば。
 ブランチ後、大急ぎで雑務処理をした。
 午後1時にリフォーム会社がやって来た。主な用件は、外壁と屋根の塗装メンテ打ち合わせである。10年に1回という認識だったが、2回目をパスしたのでかなり汚れている。新築時の壁はホワイト、1回目のメンテでグリーン、2回目の今回は、暖色系にしたいと思っている。
 職人さんを交えての打ち合わせ後、営業マンととりとめのない話をした。結局、午後4時まで。
 発注してあった、ペットへの自動給餌機が届いた。
 スマホのアプリとWi−Fi接続ができるタイプである。ネットのレビューを読むと、5段階評価の1と5に大きく分かれている。正規分布ではない。M型だ。最低評価の理由は、マニュアルにある。解読不能でセットできず、電話で問い合わせると中国人が出て話にならない、というものだ。
 問題のマニュアルを見た。英語と日本語とドイツ語である。英語は簡潔だが、詳細とは言えない。日本語は、機械翻訳そのままの文体で、詳細な部分はあるが、抜けている部分もある。ドイツ語はパス。そこで、英語と日本語の両方をしっかり読んで全体を把握することにした。
 恐らく、途中でバージョン変更があったようで、両者は一致していないことも判明した。
 そうして、まるで『ターヘルアナトミア』の翻訳作業のように、真剣にマニュアルに取り組んだ。1時間以上かけた。
 晩ご飯前にアプリをインストールし、Wi-Fi接続までできた。給餌機のカメラの映像がiPhoneに鮮明に出た。
 晩ご飯後は、ペット情報を入れて(実はなかなかできなかった)、自動と手動で給餌テストを繰り返した。すべて合格した。
 ここまででかなり疲れてしまい、今日は閉店にすることにした。

3月24日(土)「自然分娩、新規事業そしてIoT・・・の風さん」
 我が家の3人の子どもは、岡崎市の吉村医院で産声を上げた。自然分娩やまき割りで有名な産婦人科医院である。そういった産婦人科を探していて、敢えてそこで産んだのである。
 その吉村正先生は、昨年の11月7日にお亡くなりになっていて、先生のお誕生日である今日。「偲ぶ会」が設定され、懐かしい吉村医院の公開があった。ワイフが多忙だったので、私が代表して(家内の母も別時間帯に)出かけることにした。
 電車で金山まで行って、軽食ランチを摂り、岡崎へ向かった。岡崎駅からは徒歩である。もう長い期間(20年以上)行ったことがなかったので、病院の前に立つまで道をすっかり忘れていた。しかし、そこで一気に記憶がよみがえってきた。
 院内ツアーが午前と午後にスケジュールされていて、午後の部に参加した。病院の裏にある有名な古屋(かやぶき屋根の古民家)に行き、まき割りをする庭などを見、それから院内に戻り、2階の分娩室や個室、分娩ができる座敷、託児室などを見学した。分娩室は、長女と次女が生まれた場所だ。
 それから通りをはさんだ駐車場の上の研修室に移動して、院長や吉村先生のお嬢さんの話、参加した人たちの昔話を聴いた。昔は、この裏に普通の民家もあり、1週間滞在して、その間に長男が生まれている。
 お産に対する吉村先生の情熱が伝わる話をたくさん共有でき、あらためて先生の偉大さを感じた。現在の院長も、そういった吉村先生の遺志を継承する方だということがよく分かった。名刺交換もできた。
 夕方からは、勤務先のプロジェクト室主催の「感謝の会」があった。機能部だった組織が、事業部に移ることになり、これまでの関係者に感謝する会だった。私もあまり貢献できなかったが、5年間室長だった。思い出の多い職場である。また、ここには書ききれない仕事に対する厳しさを学んだ現場でもあった。
 引退や卒業、移籍した人も多いが、まだまだ関係していく人も多く、彼らの活躍を期待しつつ、さらなる発展を祈りたい。
 その後、電車で家路についたのだが、出かけていたワイフと長女と途中で合流した。
 帰宅してから、出かけている間の出来事を語ったが、さらに、大きな発見もあった。
 購入した自動給餌機はまさにIoT時代の機器で、iPhoneから給餌機のカメラを通じて、リアルタイムで画像が見られることを確認できたことである。
 すぐに長女のiPhoneにもアプリをインストールして、同じことができるようになった。
 なかなか有意義な1日だったと言える。

3月25日(日)「これが日曜日なんだ・・・の風さん」
 日曜日で快晴(降雨確率0)。地元は祭礼がある。
 ワイフの友人が急病で来られなくなったため、予約してあるランチに私がピンチヒッターで行くことになった(帰省している長女は友だちとランチに出かけた)。
 海岸沿いにあるバーベキューが目玉のレストランだが、ランチは屋内。海は穏やかで、絶好の行楽日和だった。私は基本的に年金生活者だが、こんなのんびりした(ような)生活が送れる日は来るのだろうか。貧乏性というか、マグロというか、動ける間はバタバタと、往生際の悪い人生を突っ走っていくような気がする。
 ぜいたくな印象があって、私には少し居心地が悪かった。
 続けて、祭礼を横目でにらみながらアクアを走らせ、GSでワイフにセルフ給油の指導をし(もう何回目だろう)、それからスーパーへ行って買い物に付き合い、帰宅したらもう夕方だった。
 たまっている雑務は多いが、残った時間でこなすしかなかった。
 特に書いておくべきこととしては、日めくりニャンコカレンダーのフォト応募だな。長女とワイフが終えていて、私はちび助で応募した。誰かのフォトが採用されれば、日めくりニャンコカレンダーがもらえる。
 自動給餌機に関しては、本体についているマイクとスピーカーを利用して、ペットと音声交換ができることを確認した。また、最小給餌量をキッチンスケールで測って、11グラムということを知った。IoTとしての基本機能はほぼすべて把握できた。

3月26日(月)「平和な1日・・・の風さん」
 今日も好い天気だ。
 朝食後、GSへ行き、キャメロンに給油。長距離ドライブがなければ、だいたい月に1回の満タン給油で十分だ。
 帰宅してすぐ、裏の土地へ出動。階段の横に不要な木があり、ワイフから伐採の許しが出たので、のこぎりで切ることにした。着手が遅くなったので、たくさん芽が出ていた。可哀そうだったが、この罰は地獄で受けるしかない。
 続けて、また土筆(つくし)を摘んだ。ざる一杯になった。
 家の中に入り、土筆のハカマを取るのは長女に頼んだ。
 昨夜の残りのご飯がおにぎりになっていて、それが昼食だったが、たった2個でお腹いっぱいになってしまい、うつらうつら。
 夕方、雑務を終えたころワイフが帰宅し、3人で食事に出かけた。小さくてもステーキを食べて、私がパワーをつけるのが目的だ。
 満腹で帰宅し、ワイフは明日のトールの展示のための仕事に取り掛かり、長女がそれが手伝った。私は、iPadminiで映画を観ることにした。トム・クルーズの「ザ・ファーム」を選んだ。2時間半の長い映画だったが、終わりが爽やかで面白かった(勉強になったという意味)。
 相変わらず花粉に苦しんでいる。

3月27日(火)「自動給餌機・・・の風さん」
 週一のリハビリの日だ。
 昨日、キャメロンを運転した時、ギアチェンジに違和感があった。シートの位置をずらして、シフトノブとの位置関係を調整しても違和感は消えなかった。
 クリニックへ向かう途中、慎重にギア操作をした。なるべく無理せず、自然に入るように力を抜いたのである。そうしたら、違和感がなくなった。昨日のは老化現象(私の)だったのだろうか。来週、京都まで行くので、キャメロンに不具合があっては困る。
 帰りにホームセンターに寄って、買い物をした。すべて家庭のものだ。その中に、電池があった。帰宅してすぐ自動給餌機に電池をセットした。停電のときでもペットに餌がやれるようにというバックアップなのである。
 昼食は長女が作ってくれた。続けて、グラタンを作っている。さすがプロだ。またたくうちにできていく。
 急いで雑務を処理した。
 午後4時に長女を駅まで送り、戻ってすぐ hairdye をし、ついでに風呂掃除をした。その後は読書。
 ワイフが帰宅し、長女が作ってくれたグラタンで晩御飯になった。
 我が家のペットはクロネコのちび助(♀)。最近ちょっと太り気味なので、デブ丸になりかかっている。体重を測定し、キャットフードの適正量(1日与える量)から、自動給餌機のプログラムをワイフと相談した。
 それをiPhoneを使って設定した。家族が在宅でも、適性量をプログラムしておけば、キャットフードの与え過ぎを防止できる。実験しながら、最適プログラムを探っていくことになる。

3月28日(水)「昼寝をはさんで・・・の風さん」
 好天が続いているが、今日の最高気温の予測は25℃である。当然、空気も乾燥していて、花粉症が心配だ。
 午前中でほとんどの雑務(ルーチン)を終えたので、屋外へ出動した。主屋の裏にあるザクロの剪定が目的である。5月に予定している外壁のメンテ塗装の邪魔にならないようにするのと、隣家の敷地へ伸びている部分のカットである。昨年、たくさん実が生ったザクロだが、止むを得ない。今回は素人の剪定だが、次年度は、シルバーさんにちゃんとやってもらおう。
 わずかな剪定作業でも、肉体的にきつかった。その後、昼寝。これが年金生活者のメリットだな。
 晩ご飯の前に、気になっていた大学の同窓会誌へ投稿する原稿の下書きを作った。相変わらず、取り掛かれば、そこそこのものが書ける。でも、なかなか着手できない。まるで文豪みたいだな(笑)。
 編集者とメールで相談していることがあり、晩ご飯の後に、以前、楠木誠一郎さんからもらった『平賀源内は名探偵』を一気に読了した。文体が名調子で面白かった。『ひらけ蘭学のとびら』を執筆している時に、平賀源内に関する資料も読んでいたので、楠木さんの本がかなり史実に基づいた物語になっていることも分かった。勉強になった。
 ちび助の餌やりを自動給餌機にプログラムしたのだが、適切なタイミングと量になっておらず、入れ物にあふれた。どうも餌が古くなると食欲が湧かないようで、残ってしまう。まだまだ研究が必要だ。

3月29日(木)「花粉症と戦いながら・・・の風さん」
 ワイフを駅まで送ったついでに投函。
 帰宅して雑務処理を続けたが、寝不足のせいで頭が重くなり、仮寝。
 昼食後、天気が好いので草刈りに出動。久しぶりに電動草刈り機を使った。散歩の人が端っこの土筆を摘んでいるのを目撃していたので、そこだけ刈らずに残しておいた。
 初夏のような陽気だったので、汗をかいた。シャワーを浴びて、普通だったらまた仮寝するところだったが、うれしい郵便物が2通来ていたので、そのパワーで仕事を再開した。
 うれしい郵便物の1通は、『ひらけ蘭学のとびら』の増刷通知だった。なかなか販売ペースが上がらなかったが、3道県で推薦図書になったことなど、堅調なペースが評価されたらしい。満足できる部数だった。私もPRを継続しよう。
 昨日下書きした大学の機械系同窓会誌への寄稿原稿を完成させた。挿入する写真も2枚選択した。採用されるかは事務局次第だが、これまで気になっていたことなので、想いを遂げることができてよかった。
 夕方からは、また昨日に続いて読書にあてた。
 実はここ数日、花粉症がひどい。飲み薬も併用しているのだが、症状がなかなか抑えられない。
 遅い夕食後、強い薬を飲んだ。

3月30日(金)「桜が満開・・・の風さん」
 午前中にリフォーム会社が来た。今年は屋根と外壁をメンテ塗装する。塗装とは言っても、痛んだ部位の修繕の方がメインになるだろう。そして、色を変えてイメージチェンジだ。暖色系にしたい。
 昼食後、キャメロンで出かけた。一気に用事を済ませる作戦。
 JPに寄って投函と送金、JAに寄って通帳記入、海岸にある蔵元でお土産用のお酒を購入。
 大型家電量販店に行って、インクカートリッジと名刺用シートと薄型ディスクケースを購入。
 あちこち走っていると、満開の桜が目に入る。今年は確かに1週間早い。毎年この時期は、会社に入ったころを思い出して落ち込んだ。作家になる夢をこの1年間でまた果たせなかった、と思ったからだ。そうやって積み上げた年数が34年になった。途中でプロ作家デビューは果たしたものの、独立はできなかった。退社して丸4年になるが、未だに作家一本になれていない。次の目標は70歳かな。いやはや気の長い話だ。
 帰りにGSに寄って自動洗車。来週の京都行きの準備だ。ホームセンターで車室内用芳香剤も買った。
 約2時間で帰宅したのだが、これだけでもう疲労。ちょっと横になった。
 機械系同窓会誌の事務局から原稿を受けったと言う連絡が入った。長年の懸案事項が解決しそうだ。うれしい。
 日が暮れるころ、我が家の家計簿の年度末集計を一気にやった。昨年と比較して納得のできる結果だった。当然、差はあるのだが、それは自分の入院手術費用に対して生命保険からもらった保険金分だけで説明できたからだ。
 雑務処理に力を入れるのは明日までにして、4月になったら執筆に比重を置く。

3月31日(土)「家計の収支報告が完了・・・の風さん」
 今日も快晴。春爛漫以上か。
 計画的にことを運ぼうとする私でも、ミスはいくらでもある。買い置きがないことに気付いて、止むを得ずドラッグストアへ。ネットでチェックした品物があったので、値段をチェックし、やはりネット注文に決定(笑)。ついでに葉書を投函。ま、無駄をできるだけ省いたからよしとしよう。
 卵かけご飯のランチ後、裏の土地へ出動。気になっていた、階段の段差増設に挑戦。見た目よりも高低差があったので、とうとう8段階段になった。でも、これで満足できる状態になった。
 屋外工事の大物は、4月いっぱいかけて、スチール製物置を2つ撤去することだ。もちろん付帯工事(中身の処分が中心)は多い。
 土木工事で疲れたので仮眠(これが多いな)。
 既に今日の雑務は終わっているので、鳴海風の経費計算シートの記入に取り掛かった。領収書やレシートのあるものについて、1月から3月までを記入した。昨年は、この後、4月から12月までためてしまったので、確定申告で難儀した。問題は来月以降だ。
 ワイフが名古屋から帰ってきたので、遅い晩ご飯後に、我が家の家計簿(私がつけている)の収支報告をした。昨年と同様の説明方法で、昨年との違いも明確に説明できたので、ワイフは納得した。が、いくら黒字だったと叫んでも、一般的日本人あるいは経営者と同様で、「先行き不安」の表情は変わらない。しかし、退社後に分かったことだが、この家計簿の管理をワイフに任せたら、年金生活は破たんする。いかに会社員時代は余裕があったかということだ。人生のやり直しはきかないので、これから元気な間は私が管理するしかない。

2018年4月はここ

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